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日本外国特派員協会(FCCJ)の月刊会報誌「NUMBER 1 SHIMBUN」に掲載された東京五輪の大会エンブレムと新型コロナウイルスのイメージを掛け合わせた風刺デザイン。
一種のパロディともいえるデザインですが、日本の著作権法上の問題があるとしてFCCJが取下げを表明しましたね。
時代を風刺するものとしてパロディが用いられることも多いのですが、パロディ作品の著作権問題については、かねてから何度も争いが生じており、慎重な取り扱いが必要です。
日本の著作権法では「パロディ」を明確に定義しておらず、その定義について明確に言及した裁判例も存在しません。
代表的な辞書「広辞苑」では以下のようにパロディを定義しています。
「文学作品の一形式。よく知られた文学作品の文体や韻律を模し、内容を変えて滑稽化・諷刺化した文学。日本の替え歌・狂歌などもこの類。また、広く絵画・写真などを題材としたものにもいう」(新村出編『広辞苑〔第6版〕』,岩波書店、2008年,2310頁から引用)
また、近年では文学・絵画・写真に限らず、動画、マンガ、アニメーション、音楽等その他の分野でもオリジナル作品を滑稽化・風刺化した作品が作られ、より広い意味で「パロディ」という言葉が用いられていると思います。
これらから「パロディ」とは、「既存のオリジナル作品を模し、内容を変えて滑稽化・風刺化した作品」と定義できるかもしれません。
日本の著作権法ではパロディ作品を特別扱いしておらず、一般の作品と同様、著作権や著作者人格権などの著作権法上の問題のないパロディ作品と、問題のあるパロディ作品とが存在します。
著作権法上でパロディ作品を考えた場合、以下のような分類が可能です。
①オリジナル作品が著作物でない場合
②オリジナル作品が著作物であり、それを修正してパロディ作品が作られているが、修正部分に創作性が認められない場合
③オリジナル作品が著作物であり、それに創作性のある修正を加えてパロディ作品が作られているが、パロディ作品にオリジナル作品の表現形式の本質的な特徴が表れている場合
④オリジナル作品が著作物であり、それに創作性のある修正を加えてパロディ作品が作られており、さらにパロディ作品にオリジナル作品の表現形式の本質的な特徴が表れていない場合
①の場合は、そもそもオリジナル作品に著作権や著作者人格権が発生していないため、オリジナル作品に関する著作権法上の問題は存在しません。
著作権法では、「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義しています。
このような著作物とはいえないオリジナル作品のパロディ化は著作権法上フリーです。
④の場合は、オリジナル作品のパロディ作品といっても、オリジナル作品とは別個独立した著作物といえますので、オリジナル作品の著作権や著作者人格権の効力は及びません。
なお、著作権法で保護されるのは「表現」されたものであって、アイデアや作風それ自体は保護対象ではありません。
そのため、たとえパロディ作品とオリジナル作品とでアイデアや作風が共通していても、④のようにパロディ作品にオリジナル作品の表現形式の本質的な特徴が表れていないのであれば、オリジナル作品の著作権の効力はパロディ作品には及びません(東京地裁「タウンページキャラクター」事件)。
このように、①④の範疇であれば、オリジナル作品のパロディ化は著作権法上、許容されることになります。
ただし、①④の場合であっても、オリジナル作品が商標として登録されていたり、営業を表示するマークとして使われていたりする場合には、パロディ作品に商標権や不正競争防止法などの他の法律問題が生じることもあるので注意が必要です。
著作権法上、問題となりえるのは②③のパロディ作品です。
まず②の場合に問題になるのは複製権。
オリジナル作品の著作者は、その著作物を複製する権利を専有します(著作権法21条)。
そのため、正当な権原がない第三者がオリジナル作品の著作物を複製したパロディ作品を作成した場合、オリジナル作品の複製権を侵害することになります。
なお著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容および形式を知覚させるに足りるものを再製することをいいます(最高裁「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」事件)。
まず「既存の著作物に依拠」しているか否かについて、パロディ作品は既存のオリジナル作品を模したものであるため、既存の著作物に依拠したものといえそうです(もちろん、その証明は必要ですが)。
また、「内容および形式を知覚させるに足りるものを再製」しているか否かについて、著作物の複製は厳密に同一の複製を行う場合に限定されるものではなく、全く同一でなくても実質的に類似していれば複製に該当します(神戸地裁「仏壇彫刻」事件、神戸地裁「きたむら建築設計」事件)。
そのため、正当な権限なく、一部にオリジナル作品と実質的に類似しているものを取り込んだパロディ作品を作成してしまうと、オリジナル作品の著作物の複製権を侵害してしまうおそれがあります。
さらに同一性保持権も問題になるかもしれません。
オリジナル作品の著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとされています(同法20条)。
オリジナル作品をパロディ作品に取り込むことで、オリジナル作品を改変している以上、この問題も生じる可能性があります。
一方、③の場合に問題になるのは翻案権(同法27条)と同一性保持権(同法20条)です。
まず翻案権について、オリジナル作品の著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有します(同法27条)。
つまり、正当な権原がない第三者がオリジナル作品の「著作物」を翻案したパロディ作品を作成した場合、翻案権を侵害することになります。
著作物の翻案とは、
(1)既存の著作物に依拠し、
(2)その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、
(3)具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、
(4)新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、
(5)これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為
と解釈されています(最高裁「江差追分」事件)。
翻案とは複製よりも広い概念ですね。
パロディ作品がオリジナル作品の複製に該当しなくても翻案に該当すれば、そのようなパロディ作品の作成はNGです。
ただし、オリジナル作品とパロディ作品とで単にアイデアや作風が共通するだけで、表現上の同一性が維持されていなければ翻案権の侵害とはなりません。
次に同一性保持権について、正当な権原がない第三者が、オリジナル作品の著作者の意に反してオリジナル作品の表現部分やそのタイトルを変更したパロディ作品を作成した場合、同一性保持権を侵害することになります(最高裁「モンタージュ写真」事件、東京地裁「チーズはどこへ消えた?」事件)。
他人の著作物を利用する場合であっても、著作権法32条に規定された「引用」に該当するのであれば無許可で利用することができます。
そのため、パロディ作品の一部にオリジナル作品を取り込んでいる場合に、これがオリジナル作品の引用に該当するため適法であると考えられないこともありません。
ここで「引用」に該当するためには、他の要件もありますが、少なくとも以下の要件(1)(2)を満たす必要があります(最高裁「モンタージュ写真」事件、東京高裁「藤田画伯未亡人」事件)。
(1)引用して利用する側の著作物(パロディ作品)と、引用される側との著作物(オリジナル作品)とが明瞭に区別されていること
(2)パロディ作品が主、オリジナル作品が従の関係があると認められること
結局はケースバイケースですが、パロディ作品においてこれらを満たすのは困難な場合が多いと思います。
例えば通常、オリジナル作品を取り込んだパロディ作品は、全体として一体の著作物と認識されることが多く、これらが明瞭に区別されていることは稀であり、(1)の要件を満たすことは困難でしょう。
また、このようなパロディ作品において、オリジナル作品はパロディ作品を構成する重要な役割を果たしていることが多く、(2)パロディ作品が主、オリジナル作品が従の関係があると言えないことが多いのではないでしょうか(最高裁「モンタージュ写真」事件)。
このようにパロディ作品がオリジナル作品の引用と認められるのは極めて限定的なケースに限られるでしょう。
話題の風刺デザインは、上述の①~④の分類のうち③か④に該当するのではないでしょうか。
すなわち、風刺デザインに大会エンブレムの表現形式の本質的な特徴が表れているのであれば③、そうでなければ④に該当します。
私見ですが、大会エンブレムと見比べると、今回の風刺デザインは③に該当するのではないかなという気がします。
そうなってくると、問題になるのは翻案権と同一性保持権。また引用の要件には該当しなさそうです。
また、この風刺デザインは、新型コロナウイルスの感染拡大によってオリンピックが延期になっているということを風刺しています。
表現の自由の観点からこのような風刺を保護すべきという学説もありますが、東京地裁「チーズはどこへ消えた?」事件では、表現の自由に基づいてパロディ作品が許容されるという主張が否定されています。
総合的に考えると、話題の風刺デザインは日本の著作権法上、やはり厳しいと言えるかもしれませんね。
一方、フェアユースなどの一般規定、個別規定、裁判例などでパロディ表現を特別に扱って許容している海外の国々では今回の風刺デザインが許容されるケースもあるのかもしれません。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
弁理士 中村幸雄