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今回のテーマは商標登録出願のタイミング。これも結構重要なポイントです。
アンゾフの成長マトリックス
事業の成長の可能性を「市場」と「製品」の二軸で「既存」と「新規」の二つに分け、以下の4つの事象(1)~(4)に分類することができます。
(1)市場浸透:既存製品の既存市場でのマーケットシェア拡大(既存製品×既存市場)
(2)市場開拓:既存製品を新規市場で販売(既存製品×新規市場)
(3)製品開発:新規製品を既存市場で販売(新規製品×既存市場)
(4)多角化:新規製品を新規市場で販売(新規製品×新規市場)
ここで商標登録出願を行う場面としては、以下の5つが考えられます。
(a)市場投入前(→(1))
(b)市場浸透期((1))
(c)既存製品を新規市場へ展開するリポジショニング時((1)→(2))
(d)既存市場でブランド名を変更するブランド変更時((1)→(3))
(e)多角化時((1)→(4),(2)→(4),(3)→(4))
(a)市場投入前(→(1))の商標登録出願
製品やサービスを市場投入する前には、そのブランド名が他者の商標権を侵害していないかを調査するのが一般的。
この調査は出願・登録済の商標が存在するかどうかを調べるものであり、そのような商標が存在しないのであれば商標登録出願を行い、好ましくは商標登録を待って商標の使用を開始します。
ただ、他者の商標権を侵害していないのであれば、商標登録出願や商標登録なしで自社のブランド名の使用を開始することも可能です。
しかし、商標登録出願を行うことなくブランド名の使用を開始した場合、商標ブローカーに商標登録されてしまったり、後発者によってブランド名を模倣されたりするリスクがあります。
有名な例はサントリーが1986年9月に発売した「はちみつレモン」です。
「はちみつレモン」はレモン果汁にハチミツを加えた飲み物であり、その原料名をそのまま組み合わせた商標です。
原則、商品の一般名称や原材料名などをその商品に使用する商標として登録することはできず(商標法3条1項)、サントリーも「はちみつレモン」そのものを商標登録することはできませんでした。
その後「はちみつレモン」は爆発的なヒット。多くの業者が「はちみつレモン」の名称を用いた様々な商品を発売することになります。
このヒットは清涼飲料全体の売り上げまでを向上させたという凄まじいものでしたが先発のサントリーがそのブランドを独占することはできませんでした。
なお「はちみつレモン」のように原材料名の組み合わせからなる商標であっても、実際に使用されたことで「特定の業者のブランド」として認識されるようになったのであれば例外的に商標登録できます(商標法3条2項)。
しかし「はちみつレモン」のように多くの業者によって使用されるに至った場合には「特定の業者のブランド」としては認識されず、商標登録を受けることはできません。
サントリーも「はちみつレモン」の文字そのものについては商標登録を受けることはできず、結局、サントリーは以下のようなラベル図形の商標を取得しています。
登録第2532532号
「特許情報プラットフォーム」から引用
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
しかし、このような図形を商標登録しても「はちみつレモン」が原材料名の組み合わせであることに変わりなく、この商標権の効力は「はちみつレモン」の文字そのものには及びません(商標法26条1項2号)。
このラベルの絵やサントリーの文字を模倣した場合にのみ商標権の効力が及びます。
ブランド戦略として「はちみつレモン」は失敗でないと思いますが、サントリーが市場を独占できなかったことは事実。
市場を独占するためには商標登録可能なブランドを選び、商標登録を受けておく必要があります。
(b)市場浸透期((1))の商標登録出願
「はちみつレモン」のように多くの業者が参入してしまっては無理ですが、商品の原材料や品質などを表す商標であっても「特定の業者のブランド」として認識されるに至った場合には商標登録を受けることができます。
例えば、井村屋の商標「あずきバー」(登録第5580635号)は「あずきを加味してなる菓子」について使用する商標として商標登録されています(「あずきバー」事件 知財高裁 平成25年1月24日判決)。
井村屋が「あずきバー」の販売を開始したのは昭和47年。その後、現在に至るまで好調に売り上げを伸ばしており、その販売数量は平成17年度に1億3700万本,平成19年度に1億7700万本,平成21年度に1億9700万本,平成22年度に2億5800万本となっています。
また井村屋は毎年7月1日を「井村屋あずきバーの日」と定め、平成元年以来、テレビコマーシャルによって「あずきバー」の宣伝広告を続けてきました。
以上のような事実が認められ、井村屋は「あずきバー」の文字そのもので商標登録を受けることができました。
「あずきバー」は小豆味の棒アイスですので、通常であればその文字のみについて商標登録を受けることはできません。
この井村屋が「あずきバー」の文字そのものを「あずきを加味してなる菓子」について商標登録出願を行ったのは平成22年7月5日。「あずきバー」の販売開始から40年近く経ってからです。
「あずきバー」の販売開始前にはこの商標登録を受けることはできなかったでしょう。
このように通常は登録を受けることができないブランド名であっても、その後の使用によって「特定の業者のブランド」として認識されるに至った場合に商標登録出願を行い、商標登録を受けるという戦略もあります。
(c)既存製品を新規市場へ展開するリポジショニング時((1)→(2))の商標登録出願
リポジショニング時には既存製品を新規市場へ展開するわけですが、このタイミングで新たな商品やサービスにブランド展開するのであれば、新たな商品やサービスについて商標登録出願をし直す必要がある場合があります。
また商品やサービスを変更しなくても、顧客ターゲットを変更することに伴ってブランド名を改変することがあり、このタイミングで商標登録出願を行う場合もあります。
例えば、資生堂の「シーブリーズ」というボディケア商品があります。元々は男性顧客をターゲットとして市場投入された商品であり、1986年に出願されて登録された登録商標「シーブリーズ」(登録第2086993号)が存在します。
しかし、「シーブリーズ」のブランドも老朽化し、その人気も衰えた2009年、資生堂は新たに女子高生をターゲットとした「シーブリーズ」へリポジショニングを行います。
このリポジショニングは大成功し、売上は低迷期の8倍にも達しました。
このリポジショニングの直前の2007年12月、資生堂は商標「アセのちさらさら\シーブリーズ」を出願し、商標登録を受けています(登録第5149844号)。
この商標は明らかに若い女性をターゲットしたものであり、リポジショニングに向けた商標戦略と思われます。
(d)既存市場でブランド名を変更するブランド変更時((1)→(3))
既存市場でブランド名を変更することで大成功した事例は多く存在します。
ブランド名を変更するわけですから、当然商標登録出願をやり直す必要があります。
有名な例では、レナウンの紳士用靴下のブランド「通勤快足」があります。
レナウンは最初「フレッシュライフ」としてこの製品の販売を開始しました。
その際、1974年に「フレッシュライフ」の商標登録出願を行っており、商標登録(登録第1335944号)を受けています。
しかし「フレッシュライフ」の売り上げは初年度の3億円をピークに減少。
その後、1987年にブランド名を「通勤快足」に変更したところ大ヒット。1989年には45億円を売り上げました。
このブランド変更の直前の1986年10月。レナウンは「通勤快足」の商標登録出願を行っており、商標登録(登録第2093963号)を受けています。
このようにブランド変更時に商標登録出願がなされる場合もあります。
(e)多角化時((1)→(4),(2)→(4),(3)→(4))時の商標登録出願
多角化時には、最初の市場とは異なる製品やサービスに新たなブランドを投入することになるため、新たな商標登録出願がなされることがあります。
例えば、「通勤快足」はその後、眼鏡、身飾品,時計,宝玉及びその模造品、紙類,印刷物,文房具類など、新たな商品について「通勤快足」の商標登録出願を行っており、商標登録を受けています(登録第4322248号,第4510186号など)。
今回は市場投入時からポジショニング変更、ブランド変更、多角化までの商標登録出願のタイミングについてまとめてみました。
商標登録出願をいつ行うべきかの判断の一助となれば幸いです。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
弁理士 中村幸雄